2012年10月4日木曜日

「カルロス」を観た

渋谷イメージフォーラムで、3部作5時間半の超大作「カルロス」を観た。



いやぁ、観てしまいましたよ。トータル6時間超の大イベントでしたけど。
でもまぁ、こういう“イベント感”は、好きです。
昔、濱マイクシリーズ3部作を、横浜日劇という、作品の舞台にもなっている映画館でオールナイトで全部観る、というイベントに行ったことがあるんですけど、まぁ、映画って、こういうことですからね。
「映画を観る」という行為そのものが、実は、映画体験の中核にあるべきものですからね。



ま、それはさておき。



映画自体はフランスで作られた作品ですが、“主人公”のカルロスは南米ベネズエラ出身。作品の舞台は、ロンドン、パリから始まって、東西ベルリン、ウィーン、東欧ブダペスト、中東、アフリカなどなど、書くのも面倒くさいほどなんですけど。(ただ、面白いことに、経度で示すと、結構狭い範囲に収まったりして。)
まぁ、カルロスというテロリストの“一代記”ですから、当然そうなるワケで、だからこその“超大作”なワケですけど。

で、まぁ、超大作の名に恥じず、見事に造り上げてます。
この、ある意味で執念みたいな、作品を製作することへの気持ちは、ホントに素晴らしい。

ポイントは、その、製作費をちゃんと人件費に投入している、という部分だと思うんです。
俳優陣。
こちらの勝手なアレですけど、99%既知の俳優さんはいなかったんですが、そういうことではなく、ちゃんと「雰囲気を出せる」人間に「雰囲気を壊さない」演技を、という部分。
ここは、まぁ、字幕で観るというアレはあるにしろ、完璧だったんじゃないかな、と。

単純に、すげーな、と。


美術や衣装やなんやらも含めて、その時代のそれを、きっちり再現しているワケですね。


スーダンだろうがイエメンだろうが、俳優もきちんと配して、セット(ロケセット)もちゃんと用意して、という。
実際にその場所に赴いて撮影したかどうかは不明ですが、そんなことはどうでもいいワケで、要するに、そういうディテールの積み重ねこそが、リアリティを作るんだ、と。

そういう意味では、実は、パリ市内・ロンドン市内の方が大変だったんじゃないかと思うんですが、そういうのを全然感じさせないですもんねぇ。



と、ここまでは、割と表面的なアレ。



さて。



「一代記」という、まぁ、大河ドラマなワケですけど、この“長さ”で製作することによって、なんていうか、いわゆる「安易な類型化」を避けることができてるんだな、と。

そこがまず、大きな感想、というか。

一応、カルロスという一人の人間を、“ちゃんと”描くことには成功していて、それが、見終わったあとの重厚な満足感に繋がっているんだろうな、と。

ただ、「類型化」という罠には陥ってないんだけど、それと表裏一体でもあるんだけど、やっぱり冗長、という面は、確かにあって。

ざっくりと、理想に燃えていたハズのテロリストが、「職業として」テロを請け負う、つまり傭兵化していく、というプロセスを描けば、実はそれでストーリーを完結させることもできるワケですね。
それこそが「安易な類型化」なワケですけど、そういうストーリーをシャープに描く、という手法も、あるっちゃあると思うし、むしろ商業的な要請というのは、そっちの手法にあるとも思えるし。

そこから先は、もう堕落していく一方なワケで、その“墜ちっぷり”というか、そこの苦悩とか、家族ができて云々、みたいな、まぁ、そういう話なワケです。

もちろん、後半生も含めての「一代記」なワケですから、まっとうなアレなんですけどね。

そういうパートの話も、全然面白いんで、オッケーなんですけど。




で。

個人的に凄い良かったのが、もうホントに最初のトコなんですけど、テロ組織の活動家として生きていく、と決めたときに、なんていうか、高揚感と自己陶酔に浸る、みたいなシークエンスがあるんですね。
これが良かった。

テロリストの語る理想なんて、実は、自己陶酔と自己愛と自己憐憫の塊みたいなトコから始まったりしてるんじゃないの、という、もちろんそれは、後世を生きる我々のシニカルな揶揄なワケですけど、そういうのをちゃんと示すワケです。

あるいは、飛行機の機内で、人質に「俺は民主的な男だ」と嘯きながら、直後、“同志たち”との話し合いの中で、「リーダーは俺なんだから俺の言うことに従え」と強圧的に結論を出してしまう、というシークエンス。

それは、「理想と現実の間で苦悩する」理想主義者としてのテロリスト像、ではないワケですね。
むしろ、その手の苦悩は、描かれない。

そうではない、と。
カルロスという人物は、圧倒的に、自分に自信がある。自己肯定感。
だからこそ、テロの“指揮官”として、数々のテロを実行することができたワケですけど、要するに、そういう人物として描かれているワケです。

自己矛盾でもうぐちゃぐちゃな状態に陥っていても、まぁ、そんなに関係ない、というか。


で、カルロスという人物の自己肯定感の強さの源泉の一つとして、“性的”な魅力があるんだ、ということを、ずっと描いていきます。
もう、ありとあらゆる“女”を、抱きまくる。
結婚だって何回もするし、みたいな。
モテまくるワケですね。

そういう、俗世的なアレなワケです。


テロリストとしてのキャリアの初期、ロンドンで、清掃婦として働く“女”に、「働きたくなかったら言ってくれ」みたいなことを言うんですが(テロ組織からのカネを生活費として渡してもいい、という意味だったと思います)、この、「労働を蔑視する」みたいニュアンスのセリフも、ポイント高いですよね。


それはさておき、要するに、カルロスという人間のパーソナリティを、そうやって描く、と。

同時に、とても魅力的な脇役を、カルロスの周りに配しています。

ドイツ人のアンジーという“活動家”。
彼は、痩身で小柄なドイツ人で、いかにもって雰囲気の“左翼”として造形されているキャラクターなんですが、苦悩するワケですね。
自分の抱く理想と、現実に自分が従事しているテロ活動が掲げる大儀とが、乖離する。しかし、戦闘員としては優秀である、という評価を組織内では(というより、カルロスからは)受けていて、しきりに誘われるワケです。

彼が、山小屋で薪を割ったしているシークエンスは、後の(つまり、現代の)“サヨク”たちの「政治⇒エコ」なアレを示唆しているようで、これはこれで面白かったですけど、それもさておき。

その、心象が揺れ動くワケですね。アンジーは。


もう一人、ドイツ人で、カルロスの奥さんというキャラクターが出てきて、割と颯爽と登場するんですけど、自分の間抜けなミスが原因で逮捕されて、諸々あってカルロスの元に帰って来て、という経緯を経て、最終的にカルロスから離れていくんですけど。



つまり、カルロスという、終始一貫したキャラクターの横に、心象が揺れ動く人物たちが配されている。

途中からカルロスに取り入って懐に入ってきて、後に裏切ることになる、アリという登場人物もいます。

そういう人間たちがむしろ、ストーリーをドライブしていく、という感じ。




あと、細かい所でいうと、やっぱりウィーンでのOPEC襲撃と、その後の飛行機での逃亡を計るシークエンスは、緊迫感があって、良かったです。やっぱり。

リビアの随行員を殺しちゃった瞬間、とか、“母国”であるベネズエラの大臣とのやり取りとか。


サダト暗殺を、“他の組織”に先にやられちゃう、という、ストーリー上のフックも良かったですねぇ。
どこまでが事実/史実なのか、俺には分からないトコが結構あったワケですけど、その辺の虚実が入り混じる感じも、逆に面白かったです。



それと、なんといっても、日本赤軍の姿が描かれているのは、ちゃんと書いておかないといけませんね。
ハーグ事件。

ここで強烈だったのが、人質となった大使とテロリストの言葉の応酬。
「ナチスと戦ったレジスタンスだろ?」という言葉に、即座に大使が切り返すんですけど、要するに、そういうディテールで語っていく、ということなワケですよね。
彼らの掲げる大義や、論理や、大義の下での行動の、どうしようもない稚拙性や幼稚性みたいなのを炙り出すのと同時に、そこにこそリアリズムがあったりするワケで。
一緒に決行するつもりだったのに、ちょっとした手違いで傍観することになってしまった時の表情の描写なんかも、とても上手。

長尺の大作なだけに、そういう細かい印象の部分は流されがちだと思うんですけど、まぁ、抜かりないな、と。
良いです。

カルロスの所属していた組織(パレスチナのPFLP)が、当時の世界情勢の中で、どういうネットワークを持っていたのか、という部分でも、興味深いシークエンスでしたけど。

“世界革命”だ、と。そういう時代があったんですね。
そして「俺たちは負けた」と。そういうセリフもありましたけど。


俺と一緒に、平日の昼間っから6時間も映画館に缶詰になって観た人は、半分以上がシニアな方々でしたが、その中には、ひょっとしたら、郷愁だとか、特別な感情移入を持って観てたとか、そういうのがあったのかもしれないな、と。

そんなことも、思いますけどね。




ただまぁ、5時間半ですからねぇ。


DVDという、大容量メディアの普及で、いわゆる映像メディアの消費のスタイルが少し変わって、例えば(日本でいう)海外ドラマシリーズを一晩で全部観る、とか、そういう、長時間の作品でも受容される下地みたいなのが(かつては難しかった)、こういう、長時間の超大作の製作を可能にしているんだろうなぁ、と。

そういうことも考えますが、ま、覚悟のある人だけが、見てください。
長いんで。

面白いんで、観る価値はあるとは思います。



個人的には、長さも含めて、とても良い作品でした。




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