2012年11月20日火曜日

「虚空の鎮魂歌」を観た


銀座テアトルのネオフレンチノワール特集上映の三作目、「虚空の鎮魂歌」を、(もちろん)銀座テアトルシネマで観る。



主人公はまたしても、ロシュディ・ゼムでした。

で、マルセイユの捜査官であるその主人公が、武器の密輸事件の捜査で、犯人グループを追ってパリへ赴くことになるんだけど、パリには、その主人公の別れた奥さんとその娘がいて、というのが、(かなり)ざっくりとしたメインのストーリーライン。

で、その娘は、父と同じく刑事で、ただし配属は麻薬の捜査チームで、さらにそのチームのリーダーが、汚職警官で、という。

この、設定の妙が、ホントにシナリオの勝利というか、諸々の「面白いストーリーである条件」にとても上手くハマってる、という感じなんですね。
すごい良かったです。面白かった。


ノワールものの王道である、主人公が「引き裂かれる」シチュエーション。
何かと何かに。

この作品の主人公も、「何かと何か」に心を引き裂かれながら、つまり、とにかくモヤモヤと心の中に闇と葛藤と苦悩を抱えながら、捜査を進めていくワケです。


捜査の苦悩。自分と娘、つまり家族との苦悩。
捜査陣と、捜査の対象である犯罪組織との対立。自分と家族の対立。捜査陣の中での対立。
部下の喪失、娘との、失敗が約束されている会話、分かれた妻との関係、上司との関係。
もう、モヤモヤしっぱなし。


さらに、娘が所属する麻薬捜査のチームのシークエンスが絡んでくる。
汚職・腐敗警官である、チームのリーダー。
しかし、なんと娘は、家族持ちであるそのリーダーと、不倫している、という。
確かに、父親不在の家庭で育った女の子は、父親像を演じてくれる年の離れた男に惹かれる(もちろん、逆もあるワケですけど)、という、まぁ、その設定自体は作劇上のセオリー通りのアレなワケなんですけど、これがですねぇ。
上手いワケですよ。

演じる俳優さんが放つ存在感がそうさせているのももちろんあるんですけど、この悪役然としたキャラクターが、ホントに効いてるんですよね。
悪い男なワケです。
しかし、カリスマ性がある。

対して、主人公である父親も、そんなに「良い人間」ではない。
平気で情報屋を見捨てるし、部下も死なせてしまう。そもそも、母と娘だって、捨ててるワケで。

そういう、苦悩やらなんやらを満載しながら、捜査は続いていき、(ワリとあっさり)犯人を捕捉するところまでいく。


さらに、その主人公のラインに加えて、主人公にとっては“悩みの種”の一つになるんだけど、娘は娘で、かなり切実な、いわゆるアイデンティティ・クライシスみたいなのを抱えているワケです。
そこを、主人公のストーリーと平行していく形で、こっちはこっちでちゃんと描いていく。

彼女は彼女で、悩みを抱えているワケですね。父への反発。反発しながらも、同じ仕事を選んでいる自分。ただし、捜査官としては、そんなに有能ではない。そういう評価を受けているという自覚もある。
そんな悩みを、父へはやっぱり反発という形でしか表現できない。


父と娘は、まぁ、やっぱりそれでも、だんだんと近づいていくワケですけど、それが、「捜査上の必要性」が作用して、ということになっているんですね。
ここが上手い。
父娘の絆の再構築と、捜査の進展が、巧いこと重なっているワケです。
重なっている、というより、絡み合っている。

そういう形で、ストーリーが進行していくワケですね。



で、と。


当然クライマックに向けて、犯人を追い込んでいくワケですが、という、ね。



良かったです。
ホントに上手。




あと、ラストの解釈。

これは、まぁ、邦題が「虚空の鎮魂歌」ですから、それで言っちゃってる感じというか、要するにそういうことなんですけど、これは、もう一つ解釈の方法があって。
(いや、あくまで個人的な解釈ですけど)

それは、あの、ラストの、「峠のベンチ」っていうのは、情報屋と密かに会った場所だったワケです。
だけど物語中で、その情報屋は、いなくなってしまうワケですね。

つまり、「坂を登っていった場所」である「峠のベンチ」は、「いなくなってしまった相手」を追悼する、という場面として設定されているワケです。

「坂を登る」というのは、「困難を超える」ことのメタファーなワケですけど、坂を登ったその場所に、「かつてそこで会った人間」は、最後の場面では、待っていない。
もう居ないからです。

だから、ベンチには独りで座るしかない。
「虚空の鎮魂歌」とは、まさのこの状態を表す言葉なワケですけど。



ま、解釈の仕方は人それぞれあるとは思うので、それはさておき。




派手なアクションがあるワケでもないのに、ずっと緊張感を維持しながらストーリーを引っ張っていく、という、ホントにシナリオの強さが感じされる、良い作品だと思いました。


機会があれば、ぜひどうぞ。